【極上のテレワークVol.1】三鷹のでこぼこ床の住宅でテレワークを

2020年の新型コロナウイルス感染症拡大による緊急事態宣言発出以降、多くの企業で導入・実施されたテレワーク。確かに、オフィスより自宅は気楽。だけど、もっと居心地が良くて、もっと創造性を刺激し、もっと仕事がはかどるようなテレワーク環境があるはず…。
そんな、至高のテレワーク環境を探し求め、全国各地のテレワークスポットを文筆家・ワクサカソウヘイさんが体験レポートしていきます。第1回は、三鷹天命反転住宅でのテレワークです。

社会はテレワーク民に救いの手を差し伸べた

根の生えない人生を送ってきました。
私、ワクサカソウヘイはもう長いこと、文筆業に従事しています。いわゆる自由業です。こうなると基本的に仕事場は自宅となり、せせこましい毎日を過ごすことが日常となります。

ところが困ったことに、私は自宅で仕事をすることに向いていないタイプの人間のようなのです。締切りが迫っていたとしても、気づけばベランダで鯵の干物づくりをするなど、現実逃避を試みてしまいます。だから私は、本気の原稿デッドラインが近づくと、ノートPCを小脇に抱えて玄関の外へと飛び出します。そして環境を変えて、仕事に集中します。そう、いわゆるテレワークです。

かつて、テレワークを実行する際には、多難がついて回るものでした。まず、どんなに静かで作業に適した場所であっても、電源がないことが往々にしてあります。それから、Wi-Fiの確保もなかなかに難しい。社会はテレワークというものに対して、厳しい作りをしていました。

しかし、この数年で、それが一気に転換しました。あらゆるスペースが、「テレワーク利用可」の札を掲げるようになったのです。なんてありがたいことなのでしょう。自作の干物の生産量をどんどん下げることができるではありませんか。

どうやら現世には、まだまだ私の知らないテレワーク可能スポットが存在しているようです。10年来のテレワーカーとしての自負がある身としては、目についたスポットはすべて「束の間の仕事部屋」として体験しておきたい。そしてどんどん、原稿をはかどらせたい。こうして私は、テレワークスポットを探し求める旅へと出ることにしました。

三鷹の極彩色の家でもテレワーク可能に

今回、私がノートPCと共に向かった先は、三鷹です。そこには知る人ぞ知る奇怪な建物、「三鷹天命反転住宅」があります。

それは、芸術家/建築家の荒川修作+マドリン・ギンズの手による、異形の集合住宅です。
数年前、三鷹を散歩中に突然この建物と出くわしたとき、私は腰が抜けそうになりました。
なんて荒唐無稽なフォルムをしているのだ。なんという挑戦的な色彩を放っているのだ。

そしてそれが、普通に住める賃貸アパートだと知り、より深い興味を覚えました。

逸脱しているものが、私は好きです。はみ出ているものの肩を、どうしても持ちたくなってしまいます。ごく普通の街並の中で、堂々と唯一無二を演じている三鷹天命反転住宅に、なんとかして入居したくなりました。
しかし、居を転じるというのは、なかなかに労力が必要です。そのときの私は、経済的な面からいっても、そのようなエネルギーを持ち合わせてはいませんでした。
ああ、せめて一日だけ、ここで仕事とかさせてはもらえないだろうか。そんな都合のいい願望をうわ言のように唱えながら、私は三鷹天命反転住宅を背に、とぼとぼと帰路につきました。

そして、時は経ち…。
なんということでしょう。三鷹天命反転住宅は、いつの間にかテレワークプランを開設していたのです。そう、たったの1万円と少しを用意さえすれば、誰でもこの奇抜な住宅の一室で思う存分にテレワークを嗜むことができるのです。私たちは、実にすばらしい時代を生きているのです。

三鷹天命反転住宅の床がでこぼこしている理由

胸を高鳴らせながら、三鷹天命反転住宅の中へと足を進めていきます。
通された一室、そのドアを開けると、そこには予想以上に「どうかしている」空間が広がっていました。
まず注目すべきは、床です。でこぼこしています。普通、人間が住む住居というのは、でこぼこしていません。しかし、三鷹天命反転住宅は、でこぼこしているのです。

荒川+ギンズは、この極彩色の建築物を「死なないための家」と称したそうです。
それはつまり、「都市の極端にフラットな生活の中で脆弱となってしまった人間の身体感覚を呼び覚ますための住宅」という風に解釈してよいと思います。なるほど、確かに裸足で歩くとでこぼこが土踏まずにフィットして、日常の中では得られない妙な感覚が騒ぎます。

しかし、フローリングや畳での生活に慣れてしまっている身としては、なんとも不安定な感覚を味わいます。こんなに足元一面がでこぼことしていて、危険はないのでしょうか。

いえ、少し危険であることが、きっと三鷹天命反転住宅においては重要なファクターなのでしょう。

こちらの建物を管理しているスタッフさんにお話を伺ったところ、例えば全盲の方がここに見学へと訪れた際に、むしろこのやや妨害的なデザインを称賛されたりするそうです。自然界では、でこぼこ道や野犬の唸り声といった妨害的な情報は、これから起きる大きな危険をまえもって知らせるサインになりえます。
夜道で目が見えなくても、坂道を下っている感覚があれば、「もしかしたらこの先に川があるかもしれない」と予感することができます。

そういったサインが過剰に漂白されてしまっている都市生活の中では、前触れもなく危険なものに巻き込まれることがある。だから、この住宅のでこぼこ感は、むしろすばらしい。そう語る全盲の方が、多いというのです。

ここは、死なないための住宅であると同時に、都市に殺されないための住宅なのかもしれません。
とりあえず私は、来月死なないために、仕事をしなくてはなりません。ノートPCを開き、早速テレワーク開始です。

「死なないための家」のテレワーク環境とは?

中央のキッチンテーブル、そして奇妙な小部屋が3つ。ここでは、好きな空間を選んで作業が可能です。もちろん、電源・Wi-Fiも備え付けられています。

そういえば、羽織ってきたジャケットや持ち込んだリュックはどこに置けばいいのだろう。一見すると、このいびつな部屋に収納などという気のきいたものがあるとは思えません。
しかし、ここで私は一本取られました。ぶら下げるのです。天井に無数に配置してあるリングに金属スティックをかけて、そこにジャケットやリュックをぶら下げればいいのです。

天井が収納だなんて、まったくもってふざけています。三鷹天命反転住宅では、従来の生活常識は通用しないのです。

私が最初にテレワークスペースとして選んだのは、この球体の部屋。名前を「スタディルーム」というそうです。全然スタディさせる気を感じさせない、どうかと思うほどに黄色がまぶしい空間です。

ところが、いざ作業を始めてみると、これが妙にはかどります。なんなのでしょう。
普段ではありえない位置でマウスを転がさなければならないのですが、それもなんだか刺激的です。かなり集中しながら、そして意欲的になりながら、タイピングを進めることができるではありませんか。

気分を変えて、次は和室に挑んでみました。説明もなしに敷き詰められている石と、見たことのない形をした畳とが織りなす、不可思議な和室です。
ここでの作業も、やっぱりはかどりました。なんでしょう、落ち着くというより、不思議な興奮に包まれている感覚です。指先でキーを叩く力が、いつもより力強くなっているのがわかります。

気づけば2時間も、作業に没頭していました。ちょっと小休憩を入れましょう。三鷹天命反転住宅のテレワークプランでは、キッチンでお湯を沸かしてコーヒーをいただけます。

おやつは近所のコンビニで購入したポテトチップスにしました。でこぼこした住宅の中で、でこぼことしたポテトチップスを食べる。なんと贅沢な行為なのでしょう。

束の間の休憩を満喫し、また作業再開です。
タイピングをする音がスタディルームの中に響きます。時折、手を伸ばすポテチ。それを噛み砕く音が鼓膜に響きます。外の街道からトラックが走り抜けていく音も、薄く流れてきます。内外からの音が三鷹天命反転住宅の中で混然一体となり、やがて私のテレワークは小さな宇宙を形成し始めます。何を言っているのかは、自分でも不明です。

時には、ハンモックに揺られての作業もよいでしょう。そう、このスペースでは天井からハンモックもぶら下げられているのです。

腕の置き所が不安定で、あまりタイピングには向いていませんでしたが、ちょっと煮詰まったときに思案を巡らせるには最適でした。もしかしたら、私たちの生活に足りていないのは「揺られる」という反復運動なのかもしれません。

気づけばたっぷり5時間、私は三鷹天命反転住宅でテレワークの時間を堪能しました。持ち込んだ仕事は、かなり進みました。自宅ではこうはいかなかったでしょう。 あらためて、空間内の景色を眺めます。この住宅は、やはり逸脱しています。ふざけています。

荒川+ギンズに負けない力がわき出る環境

三鷹天命反転住宅は、私たちが都市生活の中で作り上げてしまった「日常」に対するアンチテーゼです。
この非日常的な雰囲気が、私のモチベーションを刺激し、作業能率を上げたのでしょうか。

いいえ、違います。そうじゃなくて、おそらく「対決したい」という感覚を得たゆえの作業興奮があったからなのだと思います。この空間のふざけた感じに負けたくないと、無意識に挑戦意欲を高めていたのです。
それはつまり、「荒川+ギンズのクリエイティブ性VS自分の生産性」みたいな闘いが、いつの間にか開催されていたということです。

聞けばこの住宅に入居した人たちは、いつの間にかファッションが派手になったり奇抜になったりと、変化していくそうです。たぶんですが、「この住宅が放っているエネルギーに飲み込まれたくない」というベクトルが生まれてしまうからなのだと思います。
私もまた、この空間に飲み込まれないようにするために、猛然と目の前の仕事に取り組んでいたのでしょう。

私は逸脱することを忘れたくありません。ふざけることを忘れたくありません。私はこれからも、自宅から逸脱し、テレワークの旅を続けることをやめたくありません。こういう奇妙なスペースにお金を使うことをやめたくありません。そうやって、街のでこぼこを増やすことに加担し続けたいのです。

そんなことを強く思わせてくれた、三鷹天命反転住宅でのテレワーク体験でした。「死なないための家」で、死なないために仕事をすることを、私は万人におすすめします。かなり作業が進むことを、お約束します。ベランダが狭いので、鯵の干物を作らなくて済みます。

なんならこの原稿も、5割は三鷹天命反転住宅で書きました。

<施設紹介文>
三鷹天命反転住宅 イン メモリー オブ ヘレン・ケラー

芸術家/建築家の荒川修作+マドリン・ギンズによる個性的な集合住宅(2005年竣工)。内外装に14色の鮮やかな色が施され、9戸は一部屋ごとに色の組合せが異なる。主に住居(賃貸物件)だが、一部の部屋は建物見学会や宿泊体験などに用いられている。2021年3月よりテレワークプランを実施中。

三鷹天命反転住宅 イン メモリー オブ ヘレン・ケラー

©2005 Estate of Madeline Gins. Reproduced with permission of the Estate of Madeline Gins.

撮影/髙橋 学(アニマート)

 

執筆者プロフィール

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