【伝統芸能の魅力 vol.1】場や気分を巧みに盛り上げる「太神楽」

「いつもより余計に回しております!」「おめでとうございまーす!」

昭和から平成にかけて、正月のテレビ番組に欠かせない存在だった2人組の芸を、記憶にとどめている人は多いでしょう。スラスラと流れ出る口上と、傘の上で鞠(まり)や枡(ます)を回したり、口にくわえた撥(ばち)の上で土瓶を回したりといった珠玉の曲芸で、お正月のめでたい気分をさらに盛り上げてくれる――それが、日本の伝統芸能「太神楽(だいかぐら)」です。

知っているようで実は知らない、日本の伝統芸能の魅力や実情、楽しみ方について迫る本シリーズ第1回目は、見所あふれる太神楽について、業界の第一線で活躍する太神楽曲芸師の翁家勝丸(おきなやかつまる)さんに教えていただきました。

寄席の空気と時間を調整するのも太神楽の役割

――寄席で太神楽を拝見しましたが、「もう少し見たい!」と思わせたところでスッと終わられた気がしました。

勝丸さん:(以下、敬称略)

太神楽などの曲芸をはじめ、奇術、紙切りといった芸は、寄席の中心となる落語や講談を彩る「色物(いろもの)」と呼ばれ、お客さんの気分転換を図り、高座にメリハリをつける役割を果たしています。どんなにおもしろくても、ずっと同じ演目ばかりでは集中力が途切れてしまう。だから、合間に色物を出して、お客さんを引き戻すんです。

太神楽師の翁家勝丸さん。

今日、私が務めたのは、トリの1つ前の「ひざがわり」と呼ばれる出番。ひざがわりに入る色物には、その日のメインとして寄席の最後を締めるトリが演じやすいように、客席の温度を適温に保つ大事な仕事があります。盛り下げてはいけないし、かといって盛り上げすぎてもいけない。 だから、客席がいい具合に高揚した頃合いを見極めて下がる(高座を下りる)ことが大事なんです。

――「もっと演じたい」と思われることはありませんか?

勝丸:

そりゃあ芸人ですから、自分の芸でもっと会場を沸かせたいという欲がないわけではありません。 でも、それを抑えて、うまく後ろにつなげるところまでが私たちの芸。時間調整も太神楽の重要な役割なので、演者の芸の長短によって直前に予定していた芸を変更したり、順序を変えたりすることもあります。自分の後ろの演者が、持ち時間の最初から高座に上がりたいタイプなのか、持ち時間がスタートしてから色物とバトンタッチしたいタイプなのかといったところも見極めながら、高座を下りるタイミングに気を配ります。
寄席に足を運んでいただいた際は、太神楽師が登場する前後の客席の空気感や、太神楽師が演じている時間などにも目を向けてみると、また違った楽しみ方ができるかもしれませんね。

寄席や落語との出合いから、太神楽の道へ

――太神楽の歴史について教えてください。

勝丸:

太神楽は、元々神社を祭る式楽、舞楽から生まれたもの。起源は平安時代までさかのぼるそうです。江戸時代には、各地に太神楽師が点在し、獅子舞で氏子の家々をお祓いするようになりました。その後、寄席が登場したことで、太神楽も神事芸能から舞台芸能へ。さらには、獅子舞の余興だった曲芸が進化して寄席芸能へと変化し、太神楽曲芸として受け継がれてきたと聞いています。

太神楽と聞いて、「おめでとうございまーす!」で有名な海老一染之助・染太郎師匠を思い浮かべる人は多いと思いますが、あのように2人1組のコンビで芸を披露するのが基本形なんです。私も、太神楽師になってしばらくは、師匠と2人で高座に上がっていました。
独立して1人で芸を披露するようになったのは、初めての高座から5年くらい経ってからですね。

――太神楽の技芸にはどのようなものがありますか?

勝丸:

太神楽で披露される技芸は、獅子舞などの「舞」のほか、撥やナイフなどを投げる投げ物と、傘や茶碗を積み重ねる立て物といった「曲芸」、そして下座音楽や祭囃子といった「鳴り物」の3つから成り立ちます。

一般的によく知られている「傘回し」は、和傘で回す道具にも意味があります。何事も丸く治まる「鞠」、金回りがよくなる「金輪(こんりん)」、ますます繁盛の「枡」など、縁起の良い物を使うこと、そして傘が末広がりの形になっているので、おめでたい場で好まれる芸のひとつです。

また、疫病退治やお祓いの意味を持つ「獅子舞」は、お正月には欠かせない芸です。噛むことで邪気を食べるともいわれ、お子さんを噛んだり、舌にのせられた花代(ご祝儀)を食べたりする姿にも、こだわって演じます。

太神楽師には、それぞれ得意とする持ち芸があり、私は「花籠鞠(はなかごまり、別名どんつく)」を演じることが多いですね。籐で編まれ、上部には鞠受けをあしらった道具で鞠を操る華やかな芸です。

取手のついた花籠のいろいろな部分から鞠を出し入れしたり受けにのせたりする「花籠鞠」。

台茶碗を顎に立てて、茶碗などを積み上げていくバランス芸の基本ともいわれる「五階茶碗(ごかいぢゃわん)」。

とはいえ、どれだけ練習していても、芸に失敗は付き物。舞台では失敗を失敗と感じさせないように、機転を利かせるのも芸のうち(笑)。常連さんが多いときなど、あえて失敗して予定調和を乱すことで笑いをとる場合もありますよ。

――勝丸さんが太神楽師になったきっかけは?

勝丸:

両親が初代林家三平一門、夫婦漫才の林家ライス・カレー子で、姉の林家まる子も漫才師。幼い頃から芸事は身近にあったのですが、自分も芸人になろうと思ったことはありませんでした。まともな…といったら語弊がありますが、普通の仕事に就こうと思っていたんです(笑)。
でも、高校中退後、これから何をしようかなと悩み始めた頃に、自然と寄席に通ったり落語を聞いたりするようになり、そこで太神楽に出合ったんです。

19歳で、江戸太神楽曲芸師・翁家勝之助師匠に師事し、入門しました。私が入門するまで、太神楽は一子相伝だったんです。入門後には、日本芸術文化振興会が大衆芸能分野で太神楽師の養成を行うようになったため、師匠に師事した太神楽師は私が最初で最後になりました。

――伝統芸能の修行は厳しそうですね。

勝丸:

笛や太鼓などの鳴り物をはじめ、投げ物、立て物、獅子舞と、一通りの芸を師匠のもとで教えてもらいました。通いだったので、3日に1度は師匠のご自宅へ行って、3時間くらいずっと投げたり取ったり…。1回でみっちり稽古するというのが普通でしたね。

半年後くらいからは、稽古のかたわら寄席に通って、お茶くみや高座の座布団を返す高座返しといった前座修業が始まりました。昼席なら一日中寄席にいて脇役として立ち働き、夜席なら稽古の後に寄席に通う。そういった毎日が1年ほど続いたと思います。

昔は武闘派の先輩がいたこともあってか、前座修業はつらかったっていう人が多いんですが、私はそうでもなかった気がします。学べることが多く、どちらかといえば楽しかったですね。
特に、大師匠が出演される場合は、自分の師匠より大師匠のケアが必要となりますから、打ち上げまでずっと付き添うわけです。寄席が終わって飲みに行ったら、ずっとお酒を作って、上流から流れてくる冷めた食べ物を食べ(笑)、気付いたら朝。そして、また寄席へ行って働く。1つの芝居が10日間ですから、それが10日続くので体はきついんですが、打ち上げでしか聞けない話もたくさん聞けて、本当に勉強になった期間でした。

守破離の精神で、伝統芸能をいきいきと楽しく

――今の若手世代は、勝丸さんの時代とは違いますか?

勝丸:

師匠がコーヒーを手にすれば砂糖をすっと手渡す、どこまでも打ち上げについていく、そんな厳しい上下関係はなくなりました。後輩との関係はとてもフランクです。でも、私はそれでいいと思うんです。

5代目柳家小さん師匠がよくおっしゃっていたんですが、芸事は「守破離(しゅはり)」が大事だと。太神楽も、太神楽を継承する人も、伝統芸能として守るべきところは守りつつ、良いものはどんどん取り入れて、時代に合わせて形を変えていくのが自然でしょう。
実際、時代とともに演じる機会が減った芸がある一方、若手が工夫を凝らして磨きがかかっている芸もあります。芸事と、芸事にまつわる人たちがマンネリ化してしまったら、お客さんはもちろん、演じるほうもつまらないから、いつか廃れてしまうかもしれない。でも、私たちがいきいきと楽しそうに演じることができていれば、自然と後世に伝わっていくのではないでしょうか。

――今後の活躍にも期待しています。

勝丸:

お正月から節分にかけての多忙な時期以外は、寄席のほか学校や老人ホーム、地域の医師会などでも公演をしています。小規模な舞台はお客さんの顔がよく見えるので、個人的にはすごく好きですね。 また、2000年からは、ハワイ、アトランタ、ベネズエラ、シリア、オマーンなどで海外公演をしてきました。年をとって難しくなる芸もあるかもしれませんが、それもうまく笑いに変えて、太神楽の魅力をもっと多くの人に広めていきたいですね。

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